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手入れの濃さ

 庭師用語に『手入れの濃さ』と言うものがあります。これは庭木を剪定するときに、葉や枝をどれぐらい残すのかを表現したものです。『手入れが濃い』は枝葉が多く残っていること、『手入れが薄い』は枝葉が少ないことを意味します。

以前は自分の感覚で、綺麗に見える手入れの濃さを決めていました。しかし、木について考えれば考えるほど、手入れの濃さとは何なのかと思うようになってきました。

自然状態の木には無駄な枝葉は存在しません。必要が無い枝葉(養分の生産と消費のバランスが合わない部分など)は木が自分で落葉させたり、枯らしたりします。なので、木に存在している葉の一枚一枚には、全て意味があると言う事になります。

しかし、庭木の場合は自然環境に生育しているわけではなく、人間の生活空間で共存している状態です。木の好きなように大きくしてしまうと、いろいろ不都合が出てきてしまいますね。剪定とは、樹木を人間の住環境に合わせてもらうために行う行為で、必要以上にするものではないと考えます。ただ『必要以上』と言うのが難しくて、庭木一本一本で違ってきます。弱っている木に元気な木と同じような剪定を行えば、ますます弱ってきてしまいます。

手入れを必要以上に『薄く』すると、翌年に木は徒長枝をどんどん伸ばすでしょう。木は今ある状態の『葉』で、樹体全てを賄うためのエネルギーを生産しています。過度の剪定によって、エネルギーを生産するための工場である『葉』がなくなってしまうと、このままでは樹体を維持できないと思って徒長枝を出すわけです。この徒長枝を切って過度の剪定を繰り返し行っていると、だんだん樹勢が衰えてきて、最後には徒長枝を伸ばす元気もなくなってしまいます。樹勢が衰えてくると、病気になったり、害虫がついたり、腐朽菌が侵入してきたりして良いことはありません。

庭などの限られた空間で、成長が早くて大きくなる樹種を植栽すると、何年後には過度の強剪定を繰り返さなければいけなくなります。過度の強剪定をすると、見た目が悪いのはもちろんですが、木にとっても良くありません。大きくなる樹種を植栽するときは、将来の大きさを考えて行わないといけないですね。

私が現段階で考える最適な『手入れの濃さ』は、手入れによって樹木に与えるストレスを最小限度に抑えるぐらいだと考えています。樹勢、生育環境などによって変わってしまいますが、手入れは『濃い』ぐらいが良いのではないかと思っています。綺麗に剪定したり、透かしたりする技術も大切ですが、木を生き物として見てあげる事が一番大切なのではないでしょうか。

まだまだ明確な答えがでないので、考えがかわるかもしれません。

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